2013年9月 5日 (木)

榊原信行、昭和が気になる

こんにちは。

榊原信行です。

前回はわたまめについて書きましたが

もう気付けば9月ですよね。

夏祭りの季節はあっという間に終わりましたね。

榊原信行、季節が変わる早さに驚きます。

年を重ねるとどんどん早くなると聞いたことがあります。

1年早いね。じゃなくて10年早いねと思うようになると。

榊原信行、そのスピートに頑張ってついていこうと思います。

その時そのときを

PRIDEもって過ごしていきたいと思います。

そして、今書きながら思ったのですが、

秋と言えば、食欲の秋でもありますが

中秋の名月ですよね。

いわゆるお月見です。

榊原信行、実際にお月見をした記憶はないのですが、

ちょっとこれを気に調べてみようと思います。

そして、昭和が気になるですが

榊原信行、日本のよき風習を調べてもみたいなと閃きました。

次回からもしかしたら、日本の風習、行事シリーズにするかもしれません。

榊原信行、こういったひらめきなどに

PRIDEももって取り組みたいタイプなので

このひらめきを大切にしようと思います。

中秋の名月、今年は

9月19日だそうです。

過去10年間の中秋の名月の日が書いてあるのを見つけました↓

2012年の中秋の名月は、9月30日。

2011年の中秋の名月は、9月12日。

2010年の中秋の名月は、9月22日。

2009年の中秋の名月は、10月3日。

2008年の中秋の名月は、9月14日。

2007年の中秋の名月は、9月25日。

2006年の中秋の名月は、10月6日。

2005年の中秋の名月は、9月18日。

2004年の中秋の名月は、9月28日。

2003年の中秋の名月は、9月11日。

2002年の中秋の名月は、9月21日。

日付は結構バラバラなんですね。

榊原信行、意外でした。

次回はもう少し中秋の名月について

調べてみたいと思います。

以上、榊原信行でした。

2013年9月 3日 (火)

榊原信行、昭和が気になる

こんにちは。

榊原信行です。

榊原信行、今回もわたあめでいこうと思います。

西日本と東日本、呼び方が違うのがやはり衝撃でしたね~。

榊原信行はわたあめです。

東日本出身だからですね。

これだけわたあめのことを書いてしまうのは

榊原信行が昔、わたあめをとても好きだったことと

作ったりするとPRIDEをかけて作っていた記憶があるので

ちょっと何回もブログに

あたあめを書いてしまいます。

今日はわたあめの製法について調べました。

榊原信行、おもちゃで実際に作れる機械を

持っている子がうらやましくて仕方なかったことを覚えています。

榊原信行、今考えてみると

大人ができることがそのおもちゃを持っているとできる点と

お祭りという特別な場所でしか食べられないのに

おもちゃを持っていると手軽に家でできるという点が

とても魅力的だったんだなと

自己分析をしてしまいました。

特別感は抜群でした。

榊原信行、PRIDEもって職人さんのように

おもちゃのわたあめ製造機をつかっていたと記憶しています。

では、綿菓子の製法です。

綿菓子は、綿菓子機と呼ばれる専用の機械によって作られる。

綿菓子機は加熱機構を持った回転釜と、その周囲を取り囲む受け皿から構成されている。

加熱は電気によるものが多い。

回転釜の周囲には非常に小さな穴がいくつか開けられている。

回転釜を加熱しながら高速で回転させて溶融した砂糖を遠心力で吹き飛ばし、

すぐに空気中で冷えて糸状に固まった砂糖を割り箸などを用いて回収する。

回収した綿菓子はその場で食べるか、空気で膨らませたポリエチレン袋に入れて販売される。

回転釜の中に入れる砂糖としては、ザラメを用いることが多い。

その理由は、穴の目詰まりを起こしにくい、融点が低い、加熱しても炭化しにくいためである。

本来白いものだが、砕いた飴などを入れてピンク色などに着色し、

屋台等では2色売られることも一般的になった。

専用の色付ザラメも市販されている。

これを調べて

榊原信行、そうそうそうだったと懐かしく感じました。

榊原信行でした。

2013年8月29日 (木)

榊原信行、昭和が気になる

こんにちは。

榊原信行です。

前回調べたことで

榊原信行が一番驚いたのが

東日本と西日本の呼び方の違いです。

色々なものが東日本と西日本で呼び方が違いますよね。

榊原信行、そういうのを調べてみても面白いかもしれません。

また脱線しそうですね。

はい。

PRIDEそのあたりはないですからね~。

では、わたあめを調べることには

PRIDEもって取り組みたいと思います。

前回の続きです。

榊原信行、わたあめの歴史見てみました。

1897年に世界最初の電動綿菓子製造機を製作したのは、

アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビルの菓子製造業者である、

ウィリアム・モリソン(William Morrison) とジョン・C・ウォートン(John C. Wharton)である。

1904年のセントルイス世界博覧会において、"Fairy Floss"の名で出展されたこの商品は、

一箱25セントで68,655箱も売れたという。

アメリカ合衆国では12月7日を「綿菓子の日」(National Cotton Candy Day)としている。

はい。

榊原信行、意外だったのが、日本で縁日での印象が強すぎて

歴史がアメリカにあるということがとても意外でした。

確かにコットンキャンディーって言いますね。

榊原信行、聞いたことはあります。

これは売れますよね。

とても画期的だったのではないかと思います。

本当にコットンのような形状で

それが食べられるのですから、

榊原信行、発明した人に感謝です。

以上、榊原信行でした。

2013年8月27日 (火)

榊原信行、昭和が気になる

こんにちは。

榊原信行です。

前回書いたわたあめ、

榊原信行、懐かしすぎて前置きが長くなり

調べたことを全く書かないということになりました。

そのあたり、このブログをきっちりこう書いていくんだという

PRIDEがないなと

榊原信行、自分でも思います。

しかしそれでいいと思います。

では、今日はわたあめについて調べたことを書いていこうと思います。

綿菓子ですね。

榊原信行、やっと調べました。

綿菓子とは、溶融した砂糖をごく細い糸状にしたものを集め、

綿状にした菓子である。

綿菓子は西日本の呼び方で、東日本では綿飴と呼ばれることが多い。

安価な甘い菓子なので子どもに人気がある。

製造時に独特の甘く芳ばしい香りが漂うことから、

よく縁日や街頭、祭りなどで屋台で売られている。

目の前で作られる様子を見るのも客の大きな楽しみだが、

屋台ではディスプレイとして、あらかじめ作ったものを、

パンパンに膨らませた袋に入れて飾り売られている。

近年では人気キャラクターの印刷された袋がよく使われる。

ふわふわとした食感が魅力だが、

輸送時の振動などにより固まってしまうことが多いため、

作ってすぐに食べることがほとんどである。

近年ではスーパーマーケットやゲームセンターなどの店頭に、

アーケードゲームの一種として、綿菓子が作ることができる機械(自動販売機)が

置いてあるところもある。

また、家庭用の機械も市販されている。

榊原信行、調べてみると

そうそうと思うことがよくあります。

納得な感じでした。

東日本がわたあめなんですね。

だから榊原信行は綿飴の方がなじみがあるのですね。

また次回もわたあめについて書きたいと思います。

榊原信行でした。

2013年8月22日 (木)

榊原信行、昭和が気になる

こんにちは。

榊原信行です。

突然ですが、題名に~その●●~と

数字を入れるのを辞めました。

榊原信行、間違えそうだからです。

それに数カウントしてもあまり意味ないような気がしてきたので

カウントにPRIDEかけている訳でもないので

あっさり辞めました。

とても中途半端な辞め方ですが

PRIDEないからできることです(笑)

もし、榊原信行に、こだわりやPRIDEがあったら

100になるまでやって100を超えたら辞めようとか

思ったのかもしれませんが

特にありませんので今回から辞めました。

では、本日の昭和が気になるに行きたいと思います。

昭和だけのことを書いてる訳でもないので

ここにもPRIDEはないですね。

でもこのままこの題名で行きます。

今日気になったのが

榊原信行、お祭りに行くと食べたくなるお菓子です。

「わたあめ」です。

子供の頃はあの雲のような

ふわふわしたのに憧れました。

大体キャラクターとかの袋に入れてくれて

意外といいお値段で売っていたのを

榊原信行は覚えています。

おもちゃでもわたあめを作る機械もありましたが

憧れましたね。

あれをつくれるっと子供心にとてもワクワクしたのを

覚えています。

お祭りで食べれるお菓子は

特別な存在だなと

榊原信行、改めて思いました。

いろいろ書いていたら長くなったので

わたあめについては次回しらべたことを書いてみようと思います。

榊原信行がしらないわたあめ情報が見つかるでしょうか。

それも楽しみにしたいと思います。

以上、榊原信行でした。

2013年8月20日 (火)

榊原信行、昭和が気になる~その33~

こんにちは。

榊原信行です。

榊原信行、今日も出店シリーズを行きたいと思います。

出店、子供達のワクワクする場でもあるので

出店する側はしっかりと

PRIDEもって運営してほしいなと思います。

榊原信行、出店が出ていると

どうしても気になってしまうお菓子があります。

わたあめもそうなのですが、

榊原信行が一番気になってしまうのが

あんず飴です。

大体あんず飴は

ゲームがついていませんでしたか?

そのゲームに榊原信行は

PRIDEかけてしまってました。

そのゲームによって何本もらえるかが決まるので

いつもあの使いこんである古いお手製の

パチンコ台のようなゲーム機を楽しみにしていたものです。

榊原信行、そのゲームがやりたいがために

あんず飴を探してしまっていました。

榊原信行の子供のときの

PRIDEだったのでしょうね。

あんず飴調べてみました。

あんず飴は、果物に割り箸を刺し、水飴をからめて氷上で冷やした菓子。

東日本の縁日でよく見かけられる。

呼称は「あんず飴」であるが、

現在は、アンズではなくスモモの酢漬けを用いたものが一般的である。

水飴は気温によって固さがすぐ変化してしまうため、

昔は固さの違う水あめを季節ごとに使い分けていた。

水飴がたれるのを防ぐため、最中の皮種と共に販売されることも多い。

現在ではミカン、パイナップル、イチゴ、ブドウやチョコレートに水飴をからめたものや、

飴に色のついたメロン巻き・コーラ巻きと呼ばれるものなど多くの種類がある。

あんず飴は傷みやすく日持ちがしないため、

比較的温暖な西日本ではりんご飴が一般的である。

榊原信行、東日本でよく見られて、

西日本だとりんご飴というのは知らなかったです。

榊原信行でした。

2013年8月15日 (木)

榊原信行、昭和が気になる~その32~

こんにちは。

榊原信行です。

前回の続きを書きたいと思います。

金魚すくい選手権の技を見ていると

プロというのがあったらこの人達のことを

言うのではないかというくらい、

PRIDEかけて金魚すくいを極めている感じがします。

榊原信行、何事も極められる人をすごいと

尊敬してしまいます。

では、榊原信行は金魚すくいを調べることに

PRIDEもって取り組みたいと思います。

榊原信行、今日は金魚すくいの概要を書きます。

客が100円程度のお金を払うと小さなボールとポイと呼ばれる金魚を掬う道具が手渡される。

ポイは枠に紙が貼られたもので、これで水槽内の金魚を掬う。

ただし、これを水に浸すとふやけてもろくなり、すぐに破れてしまう。

完全に破れて枠だけになればもう金魚は掬えないから、

そうなるまでに何匹の金魚を掬ってボールに入れられるか、

というのがこの遊びの骨子である。

多い方が勝ち、と決まっているわけではなく、

何匹掬おうと、好みのものだけを掬おうと客の自由なのであるが、

難しい条件を与えられれば、その中であえてどれだけ掬えるか、

に熱中するのはごく自然なことであろう。

「金魚すくい選手権」はこの部分をスポーツ的に昇華させたものである。

商売の形としては、掬った分だけ客のもの、という、釣り堀に似たシステムが基本である。

ただし、メインターゲットである小さな子供にはかなり難しいゲームであるので、

まったく掬えなくても数匹は持ち帰らせる店も多い。

反対に、掬っただけを買い取りとする店もある。

また店によって、金魚を持ち帰らないなら100円で2ゲーム可能、

金魚10匹すくったらフナと交換可能といったローカルルールも見られた。

榊原信行、金魚すくいのローカルルール気になりました。

こういうルールもあるんですね。

地方に行った際、お祭りやっていたら

自分のエリアとの遊びやルールの違いを感じるのも面白いですね。

以上、榊原信行でした。

2013年8月13日 (火)

榊原信行、昭和が気になる~その31~

こんにちは。

榊原信行です。

今日はお祭りの出店の中で

これはPRIDEかけちゃう度が高いものを調べてみたいと思います。

それは、「金魚すくい」です。

榊原信行も子供の頃にはよく縁日でやりましたが、

これは熱中しますね。

PRIDEかけちゃいます。

こつをつかむまで何度も何度も

失敗していた記憶があります。

金魚も家でお世話しなければならないのですが、

榊原信行は金魚すくいをしている最中は

飼うということはすっかり忘れて

金魚をすくうことしか頭にありませんでした。

榊原信行、金魚をすくってから

金魚を飼って愛着を持って育てたことがあります。

ある意味育てることにもPRIDE持てていたのかもしれないですね。

では榊原信行、金魚すくいを調べて書いていきます。

金魚すくいとは、背が低く面積の広い水槽に入れられた金魚をすくう遊び。

縁日で的屋が出す屋台の代表的なもので、「スーパーボールすくい」や

「アクリル宝石すくい」などとともに「すくい物」(縁日すくい)の一種である。

金魚の養殖が盛んな奈良県大和郡山市では、

観光事業として1995年から毎年8月に「全国金魚すくい選手権大会」が開かれている。

榊原信行、アクリル宝石すくいというのは知りませんでした。

金魚すくいの説明で知らない物に興味を持ってしました。

金魚すくい選手権大会ってあるんですね。

テレビのニュースで何度か見かけたことがあるかもしれません。

チャンピョンの人はすごいスピートですごい技を持っていて

大量に金魚をすくっていた映像を見たことが。。

すごいですよね。

金魚すくいにPRIDEかけているとはまさにこのことだと

思わせる大会です。

次回も金魚すくいをもう少し調べたいと思います。

榊原信行でした。

2013年8月 8日 (木)

榊原信行、昭和が気になる~その30~

こんにちは。

榊原信行です。

榊原信行、前回はついついPRIDEもって仕事を

してほしいという思いが強くて

脱線をしてしまいましたが、

今回は昭和を感じる夏祭りの出店を調べたいと思います。

榊原信行、先日テレビをちらっと見ていたら

ヨーヨーについてやっていたので

今日はそのヨーヨーについて調べたいと思います。

榊原信行、子供の頃、

夏祭りの定番としてヨーヨー釣りやってました。

あれは、PRIDEかけますよね。

やっている人の周りでもついつい見てしまいますから

見ている人がいる手前

張り切ってPRIDEかけちゃってました。

あのヨーヨーは水ヨーヨーというんですね。

調べようと思ったらおもちゃのヨーヨーが出てきました。

水を入れてるから水ヨーヨーなんですね、きっと。

榊原信行、水ヨーヨーについて歴史を調べようとしたら

のっているのが見つかりませんでした。

そういうこともあるんですね。

そのかわり、あの水ヨーヨーの価格が分かりました(笑)

楽天とかで売ってるんですね。

確かに子供祭りとかそういう学校とかのイベントでも

水ヨーヨーは扱いやすいですよね。

インターネットで買うことができたら

かなり便利です。

榊原信行、いろいろ調べて学んでます。

あの水ヨーヨーをつるためのこよりも売ってました。

100本はいって大体105円でした。

釣り針は大体100本入りで2~300円くらい。

あとは、ヨーヨーフーセンは通常のだと100個で1050円

という感じでした。

こうやって売っている物を見るとおもしろいですね。

ヨーヨーを膨らますポンプが売っていたりします。

当たり前ですが、こよりや釣り針とかも売っているので

榊原信行は興味津々で見てしまいました。

榊原信行、こうやって見るのも面白いと

気付いたのでたまにはこういう調べ方もいいかもしれないですね。

本日は以上です。

2013年8月 6日 (火)

榊原信行、昭和が気になる~その29~

こんにちは。

榊原信行です。

先日、海外のお祭りで大金をつぎこんでしまったニュースを

書きましたが、少し前に日本でもお祭り関連でニュースがあったので

榊原信行、気になったので紹介したいと思います。

このニュース、プライドもって同じ商売をしている人にとっては

とても大迷惑なニュースです。

PRDIE持たない商売は辞めてほしいです。

ニュースの内容はこちら↓

警察によると、くじは1回300円や2回500円で、

1~60番の数字が出れば「残念賞」、

61~100番ならゲーム機「プレイステーション3」「Wii U」などが

当たるとうたっていた。

番号によって当たる景品は決まっていたが、

客に「当たりなら好きな物を選んでいい」と、挑戦をあおっていた。

1万円以上をつぎ込んだ男性客が不審に思い、

警察に相談したことで発覚。

翌日の出店前に露店を捜索すると、

箱の中は約340枚のうち1~50番までのくじしか入っていなかった。

「当たりくじは入れていません」と供述している。

という詐欺のニュースがありました。

榊原信行、これは許せないですね。

警察に相談したのは男性とあるので大人でしょうが、

子供ももちろんお小遣いをつかってこのゲームに参加していたと思うと

ひどい話だと思います。

子供に夢を与えるとプライドもって

同じ仕事をしている人も居ると思いますし、

そういうPRIDEを持って子供に接してほしいと願います。

榊原信行、このニュースを見て

他の所は大丈夫なのだろうかと疑問に思ってしまったのも

事実です。

お金儲けだけ考えている人が商売をやっていたら

同じような事はあるのかもしれませんが、

榊原信行、この事件がその唯一だと願いたいです。

榊原信行でした。

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